じぶん大学

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答えのない問いを問い続けるチカラ

我が家にとってはニュースです!!

次女が勉強しています。

 

高校受験の中学3年まで、何を言っても殆ど勉強しなかった次女が!

心理学・コミュニケーションのあらゆる技術もむなしく惨敗した日々。

無力な私は何度泣き崩れたことか。

 

「なんも伝わんね~」状態。

 

彼女のお陰で私は技術に頼らず人と向き合うことを鍛錬することができました。

どれだけ武器(技術や言葉)に頼らず向き合えるか。

親自身が丸裸になることを教えてもらいました。

 

なのに

 

高校2年生の5月にテスト勉強をしています!!

主体的に勉強しているのです。←ここが特別。

当たり前の事のように思われるかもしれませんが、我が家では非日常です。

 

今朝も長女と話していました。

「あのこ勉強しているね。」

「うん、何か見慣れない姿だね。」

 

どんな正論も、

どんなに感情で訴えても

学んだ技術を駆使しても

頑として動かない次女。

彼女が動くには納得が必要です。

 

中学1年で通っていたテニススクールの上級コースが怖くてテニスを辞め

中学3年生になって、それまでやってこなかった勉強のツケを払い

自由な国立の小中学校から、管理された公立高校に入って葛藤してきました。

 

一方で

 

小学校のマラソン大会では一生懸命練習し60人中46位から4位へ

部活動では弱小チームで屈辱の中でピッチャーをやり遂げ

高校受験の時には、それまでの怠けた自分と向き合いました。

 

 

「好きなことをやって生きたい」という思いと

「何故勉強しなければならないのか?」という問い。

 

 

自分で長い時間をかけて問い続けてきたと思います。

 

多くの失敗と

やり遂げられた経験

別の環境で育った友人や、新しい環境で出会った人々

別々の道を歩く小学校、中学校と一緒に過ごした友人のそれぞれの姿

 

それを冷静な眼で観て、これまでの経験と重ねながら、彼女なりの答えが見つかったのではないかと思うのです。言葉で表せるものではないと思います。

 

人間は快を求め、不快を避ける安心・安全の欲求があります。

答えのない問いを考え続けるのは大きな負担であり不快です。

誰かにその答えを求めたり、

 

「勉強は意味がない」

「将来の為に」

 

などと割り切った答えに走りがちですが、次女は恐らく考え続けていたと思います。そして誰かの答えではなく、自分なりの答えが見つかったのではないかと。

 

まだ若く経験も少ないですが、その深みに尊敬してしまいます。

私はホント何にも考えていなかった。ただ衝動で生きていました(笑)

 

 

少し前に

 

「自分の行ける中で選択した学校だけど、あれほど徹底的に勉強させようという環境(←管理とも言える?)がある学校に入ったのだから、勉強しなかったら逆に高校生活がもったいないよね?」

 

と言った私に次女は

 

「うん、ホントそう思う。」という答えが返ってきました。

 

 

一方、昨日は高校3年生の長女の保護者会。

受験の話がメインでした。

 

高校受験で地獄を見た私たち親子。

大きな傷を抱えて、たった一人ぼっちで入学した長女。

絶望、悲しみ、不安、寂しさに耐え

多くの友達と出会い、先生に救われ

実は今これまでの学生生活で1番充実しているように思います。

苦しみを乗り越え「楽しむ」ことをたくさん学びました。

 

先月末に部活動を引退しました。

中学高校と皆勤賞の長女は、部活動もサボりませんが補欠でした。

努力してもバレーボールで身長153センチでは難しかったようです。

最後の試合は仲間を応援するポジションでした。

私は応援する娘の最期の試合を観に行きました。

 

 

保護者会の帰り道、

「なんか大学受験楽しみになってきた!受験は全員レギュラーだからね。」と私。

「それ名言だね」と長女。

部活動で試合に出られなかったからこそ、彼女にとっては試合に出られることは有難いことです。

 

我が家では地獄の受験生活が2年続きますが、楽しみです。

どんな道に進んだとしても。

2人の娘の「今」がそう思わせてくれています。

 

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