じぶん大学

あなたにとって最適なコーチやカウンセラーは、あなた自身かもしれない。

答えが欲しいけれど、答えでは満たされない矛盾

 

先日の個人セッションでクライアントさんが言っていたお話です。

 

とても苦しい胸の内を聞いてもらった相手にかけてもらった一言が

「理解された」と感じ胸に染みたそうです。

 

しかし、その帰り道に違和感を感じたそうです。

 

確かに的をつく答えをもらったのに感じるざわざわ感。何故だろう。

間違っていないのに、それだけじゃないという思い。

 

そんな話を聞かせて下さいました。

 

葛藤して混乱している時、

問題に直面して苦しい時、

私たちはとても答えを欲します。

 

しかし、答えとはプロセスを含んだものが『答え』だと思います。

様々なものがシンプルになったものが『答え』です。

複雑さの向こうにあるのが『答え』です。

『答え』だけでは答えにはなりません。

 

センスが良いクライアントさんだな~と感心しました。

 

数学の問題が解けない時、答えさえわかれば宿題は一応提出できますが本当に解いたことにはなりません。同じ問題に出くわした時、再び答えが必要になります。

 

人生の課題も同じことで、どこからか正しい答えを得ることでその場をやり過ごすことはできますが本当の学びにはなりません。

 

数学のように問題が変わっても(数字が変わっても)解ける実力が必要です。

 

答えとはプロセスの先にあるものです。

そしてそのプロセスを包含した答えを得る場所がじぶん大学です。

 

実力とは面倒なことの先あるものですね。

 

知性を磨く「スーパージェネラリスト」の時代で田坂広志さんはこう言っています。

 

 

「知識の学習」には「うまい秘訣」がある。

「書物」を読むことによって学ぶことのできる「知識」は「いかに速く、いかに大量に、いかに効率よく学べるか」という秘訣が、確かに存在する。

 

しかし、永年の「経験」を積むことによってしか掴むことのできない「智恵」には「いかに速く、いかに大量に、いかに効率よく学べるか」という秘訣は存在しない。

 

 

 

 

「スピード」「簡単」「効率」重視のこの時代に敢えてする面倒の理由。

それは「知性」だと言っています。

 

 

「知識」とは「言葉で表せるもの」であり、「書物」から学べるものである。

「智恵」とは「言葉で表せないもの」であり、「経験」からしか学べないものである。

 

そして直観力、洞察力、大局観だけでなく、実は「知性」と呼ばれる能力の核心は、「経験」を通じてしか身につかない、人間として極めて高度な能力なのである。

 

「知性」の本質は、「経験」を通じて獲得される「智恵」に他ならない

 

 

 

じぶん大学は、じぶん自身を経験する場です。

自分を生きる知恵を獲得するプロセスです。

 

因みに、スタートして3か月のこのクライアントさんは

「面白い!」と言って楽しんで頂いています。 

 

数学も、芸術も、技術もその面白さに魅了されれば、苦労とは感じません。