じぶん大学

あなたにとって最適なコーチやカウンセラーは、あなた自身かもしれない。

私がビジネスコンテスト?!①

 

前回の投稿は夏真っ盛りでしたが、季節は移り秋になっています。

突然、川で泳ごうと決めたら思っていたより流れが速くて、激流に流されて今日に至ったような日々でした。

 

7月の下旬に金融機関にお勤めのクライアントさんが1枚のチラシを持ってきて下さいました。

 

「輝く女性ソーシャルビジネスコンテストあいち2018」

 

ソーシャル?

聞いたことはあっても意識に止めたことは無かった言葉が、突然私の胸に落ちてきました。

 

社会にある課題をビジネスのチカラで解決する。

やろうかな。いやいや私が~?と心の中で突っ込みながら、「やる」と勝手に心が決めてしまっていました。

 

応募することをクライアントの方々や主人に話したら何ていうかな?と思っていたのですが、誰一人驚くことなく「だろうね」という反応。

 

「ずっとそんな想い語ってたよね。」と。

 

そうして始まったビジネスコンテスト応募への道。

 

ファイナルに進むことは出来ませんでしたが、

 

エメラルドクラブ中部支部

ブライトウーマン・コンサルタント

 

を頂きました。

 

私がどんなプランを出したのか。

そしてその動機は。

次回のブログに綴ってみたいと思います。

 

 

f:id:zibundaigaku:20181018160609j:plain

 

 

 

 

 

卒業も近い。

 

色々な事がバタバタとしていて、ゆっくりブログを書いている時間がありません。

いえ、皆さんより時間はあります。

 

各地で雨の被害が甚大です。

我が町も10年程前に大豪雨によって、近くで亡くなった方もいらっしゃいます。我が家も床下浸水(←古い家の地下が倉庫になっていました)と車2台が水没しました。

 

夜中に気付いたら駐車場が水没し、床まであと10㎝の所まで水が来ていた恐怖は体が覚えています。

 

ニュースを見る度にあの日を思いだし、大きな川を渡って自転車で30分以上かけて通学する次女が心配でここ数日は送迎していました。

 

トヨタ自動車をはじめ関連企業に向かう方々の交通渋滞で、もう大変な時間を取られました。一方、この地方は殆ど雨が降っておらず、何故送迎しているかもわからない始末。

 

あの時のトラウマから必要のない行動をとっています。

 

「ママは暇そうに見えるかもしれないけれど、忙しいんだよ!暇だって思わないで」と言い放っていました。

 

そうです。

私、お勤めの方に比べると結構ゆとりのある時間を過ごしています。

しかし忙しいんです。

 

びっくりするほど、考えているんですよ。

明日のクライアントさんのこと。他のクライアントさんのこと。

 

対人支援を仕事とする職業の人は多いですが、私ほど1人のクライアントさんのことを考えている人はいないんじゃないかな?と思います。

 

それから私は人に習うより、自分の体験や経験、クライアントさんの中から学んでいくタイプなので1つ1つの体験についてずっと考察しています。どこまでも。

 

職人に近いのではないかと思います。

ひと職人?

 

それが好きなんです。

 

その為、多くのクライアントを持つことも出来ず、人数の多いセミナーをすることも出来ず、お1人お1人に十分に対応できる範囲の仕事になります。

 

そろそろ卒業かな・・・と思っています。

 

 

この業界に入った理由はマネージメントに対しての疑問からでした。

丁度時を同じくして2人の娘を出産し、今の仕事の形態を選択しました。

 

あと1年半で下の娘も大学生。

 

娘たちの成長を感じ尽くしたかった。母親として。

人間の裏(非社会性)と表(社会性)を知ることができ、関わりによる成果を長期間観察できる喜び。プロとして。

 

その為に選択した仕事のスタイルも卒業できる時やって来ました。

 

娘達との時間を得ることで、手放していた何かがあります。

母親として抑圧していたエネルギーです。

そのエネルギーを使いたいな・・・そう素直に思えるようになりました。

 

f:id:zibundaigaku:20180707181132j:plain

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

書けないブログ

f:id:zibundaigaku:20180614173129j:plain

数か月前に、もう少し忙しくなりたいな~と願っていたところ、丁度良いくらいの忙しさです。

 

父の件も色々準備が整ってきました。

 

同時にこれから自分がやるべきことも、霧が少しずつ晴れていくように見えてきました。どうやらこっちの方に進めば良いのだと。(目じるし)

 

誰に向かって何をするのか。

そしてそれは根っこは同じでも表現は2つになりそうです。

 

娘たちは自分が納得しないと頑として動かないのですが、それは私の姿ですね。心さえ決まれば後はとっても早いのですが。ここのハードルが高すぎる。

 

しかし、過去を振り返ってみれば、その方角に進む準備(学び)は終えていることに気づきました。後は経験の全てを調和させて実践です。

 

具体的に色々書きたいのですが、五感として感じている段階で言葉になりません。

ブログが更新できない~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

価値はひとつじゃない

幼稚園から小学校卒業まで書道教室に通っていました。

「ホントに!?」「あれで?」と最近の私の字を見ている人は驚きでしょう。

 

書道が好きだったか、嫌いだったか記憶がありませんが、書初めでは学校から選ばれて毎年、市の美術館に展示されていたと思います。

 

同じ書道教室に通う隣の小学校のMちゃんはとても字が上手でした。市の美術館に自分の作品を見に行った時、Mちゃんの字がお手本ととても似ていて衝撃でした。

 

「上手い」

 

それに比べて私の字はお手本と全然似ていないのです。とても字が元気なのです(笑)

何だかとてもショックでした。(←自分では上手いと思っていたので)

とても劣等感を感じました。

 

小学生ながら自分には才能が無いのだと思ったのです。

そして書道を辞めました。

 

中学生になると当時「丸文字」がブームで、私もブームに乗り自分の字を丸く崩していきました。7年間があっという間に無駄になっていきました(笑)

 

大人になって非常に悔やみました。

 

面白いことに。

私は小学校では「字がうまい」というレッテルが張られていました。

でもあの日、あの時感じた「Mちゃんは字が上手くて、私は下手だ。」という思い込みはその後私の字をどんどん下手にし、そしてその劣等感は年々強化されていきました。

 

気付けば私の恥部に!!

書道をしていなかった人より、字に焦点が当たっていて上手い下手を意識しちゃっているんです。

 

事実としては下手ではないけれど、上手くないだけ。

年始にユーキャンを見る度に何度習おうとしたか。

 

 

 

 

実は、4月から再び書道を始めました。

今通わせて頂いている先生は、お手本に習った美しい字と、自分を表現する字を子どもたちに両方教えています。

 

幼い頃、2つの表現の仕方があるんだ!と知っていたら

あんな劣等感を味あわずに、書道を続けていたかもしれません。

 

お手本通りに書くことが唯一の正解だと思い込んでしまったのです。

これは大人になってもありうることですよね。

 

誰かが正解で、自分が不正解だと思い込む。

或いは、自分が正解で誰かが不正解だと思い込む。

 

 

ところが今、大人になって書道に通い始め、お手本通りに練習することがとても楽しいです。まだひらながですし、やはり元気になっちゃうんですけど(笑)

 

 

もう一度、書の道を楽しんでみたいと思います。

 

 

f:id:zibundaigaku:20180601174459j:plain

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生の醍醐味

 

先週の日曜日、痴呆の父が行方不明になりました。

 

これまで時々帰り道がわからなくなったことはあったものの、通りすがりの方に声をかけることができ連絡して頂くことで無事に帰って来ていたのですが。

 

日々進行しているのですね。

人に聞くことも出来ないまま、父は9時間も一人で彷徨っていたのです。

 

夜中の2時少し前に警察に保護され、転んで腕にケガをしていたものの無事に家に帰ることが出来ました。

 

それは生きた心地のしない時間でした。

車で何時間も探し回り、ただ祈るばかりでした。

 

夜が更ける頃には、生きては帰って来ないだろうと翌日からのスケジュールを考えたり、デイサービスでは帰宅願望が強かった父が家に帰れないことを辛く感じたり、これまでのことを走馬灯のように思い出したり。

 

待つ間、心のお葬式を済ませていたように思います。

 

そして夜中の2時少し前に隣の市の警察から保護したと連絡を頂きました。

すぐに母と迎えに行き、警察で泣きました。

 

日々進行する痴呆に対して、家族は考え方や対応をその都度変化させていかなければならないのですが、決めきれずにいたことがありました。結果、その問題に向き合うことを父が促してくれた出来事でした。

 

もし、父が生きて帰って来なければ大きな後悔と向き合い続けることになったと思います。実は父はこれまでも「兆し」として、その行動でいつも私に示唆を与えてくれていたように思います。その兆しのお陰で、早めの対応ができ、これまで日常を過ごしてこれたと感じます。

 

できれば、人生において「反省はしても後悔のない選択をしたい」と思っているのですが、父のお陰で今回も反省で済ませることができました。 

 

 

不思議なことに、失踪事件後の先週のスケジュールの全てが通常通り出来ました。

しかし何の予定もない今日はさすがに疲れがどっと出て頭痛が半端なかったです。

 

 

幼い頃、家族(特に父親)に葛藤を抱えていた私は、外の人間関係を大切にしていました。友達や学校や職場が大事だったのです。

 

それはそれで楽しい日々でした。

 

でもとても憧れていたんです。家族の深い関係性に。

家族の時間を大切にしている友人が羨ましかった。認めることが出来なかったけれど。

 

今、こんな文章を見たら「大変そう」と思われるかもしれません。実際大変です。

今日、疲れ果てて爆睡を終え、不思議と感じたことがあります。

 

「両親とのこういう関係、願っていたかもしれない!幼い時に。わたし・・・」

 

歳の離れた末っ子の私は姉たちのように両親を手伝うことができず、私自身が両親の役に立つことを願っていたし、

忙しくて放置されていた私は、もっと両親と関わりたかったのだと思います。

思いっきり喧嘩したかったし、優しくもしたかった。

 

できれば、もっと素敵なカタチで叶っているといいですけどね(笑)

願いって、イメージ通りのカタチで叶うわけではないと思っています。

 

 

「お~こういうカタチで叶ったか」みたいなものです。

 なりたいイメージを明確にもってイメージを生きようとすれば別ですが。

 

 

こんな人になる!こんな人生を生きる!とビジョンをもって生きることは、結局の所、認識できている範囲の中でしか選べません。

 

それは計画通りに生きる事と同じように感じます。

 

人生は思いもしないことが起こるから不安だけれど楽めます。自分の認識の範囲を超えていけます。

 

旅はあそこに行って、これをして、あれを食べると計画を立てるのは好きですが、そういう旅行は外れも多いですね。思っていたのと違う!とガッカリすることが多くあります。 計画している時が一番楽しいのがこのパターンです。

 

一方、今日はこの方面に出かけようとだけ決めて、嗅覚で選んだお店がとても美味しかったりすると旅の醍醐味だなと感じたりします。

 

知らないうちに介護生活に突入してしまいハプニングは続出、疲弊もしていますが、思わぬ喜び、思わぬ感動、思わぬ学びを得て、人生の醍醐味を味わっています。

 

ホント悪いことばかりではありません。

 

 

父がよく「俺は100歳まで生きる!」と言っていました。

私は「それは無理だから私が。そんなに生きてもらっては困る。」と答えます。

 

父親が私の長女にちょっかいをかけると思春期の長女は

「死ね!」と言っています。にも関わらず父はとても嬉しそうです。

 

長女の表面的な態度を感じているのではなく、彼女の心根を感じているのだと思います。

 

今日もそれぞれ毒を吐きながら、介護生活のリアルな日常を過ごしています。

 

f:id:zibundaigaku:20180529155114j:plain

 

 

 

 

 

 

答えのない問いを問い続けるチカラ

我が家にとってはニュースです!!

次女が勉強しています。

 

高校受験の中学3年まで、何を言っても殆ど勉強しなかった次女が!

心理学・コミュニケーションのあらゆる技術もむなしく惨敗した日々。

無力な私は何度泣き崩れたことか。

 

「なんも伝わんね~」状態。

 

彼女のお陰で私は技術に頼らず人と向き合うことを鍛錬することができました。

どれだけ武器(技術や言葉)に頼らず向き合えるか。

親自身が丸裸になることを教えてもらいました。

 

なのに

 

高校2年生の5月にテスト勉強をしています!!

主体的に勉強しているのです。←ここが特別。

当たり前の事のように思われるかもしれませんが、我が家では非日常です。

 

今朝も長女と話していました。

「あのこ勉強しているね。」

「うん、何か見慣れない姿だね。」

 

どんな正論も、

どんなに感情で訴えても

学んだ技術を駆使しても

頑として動かない次女。

彼女が動くには納得が必要です。

 

中学1年で通っていたテニススクールの上級コースが怖くてテニスを辞め

中学3年生になって、それまでやってこなかった勉強のツケを払い

自由な国立の小中学校から、管理された公立高校に入って葛藤してきました。

 

一方で

 

小学校のマラソン大会では一生懸命練習し60人中46位から4位へ

部活動では弱小チームで屈辱の中でピッチャーをやり遂げ

高校受験の時には、それまでの怠けた自分と向き合いました。

 

 

「好きなことをやって生きたい」という思いと

「何故勉強しなければならないのか?」という問い。

 

 

自分で長い時間をかけて問い続けてきたと思います。

 

多くの失敗と

やり遂げられた経験

別の環境で育った友人や、新しい環境で出会った人々

別々の道を歩く小学校、中学校と一緒に過ごした友人のそれぞれの姿

 

それを冷静な眼で観て、これまでの経験と重ねながら、彼女なりの答えが見つかったのではないかと思うのです。言葉で表せるものではないと思います。

 

人間は快を求め、不快を避ける安心・安全の欲求があります。

答えのない問いを考え続けるのは大きな負担であり不快です。

誰かにその答えを求めたり、

 

「勉強は意味がない」

「将来の為に」

 

などと割り切った答えに走りがちですが、次女は恐らく考え続けていたと思います。そして誰かの答えではなく、自分なりの答えが見つかったのではないかと。

 

まだ若く経験も少ないですが、その深みに尊敬してしまいます。

私はホント何にも考えていなかった。ただ衝動で生きていました(笑)

 

 

少し前に

 

「自分の行ける中で選択した学校だけど、あれほど徹底的に勉強させようという環境(←管理とも言える?)がある学校に入ったのだから、勉強しなかったら逆に高校生活がもったいないよね?」

 

と言った私に次女は

 

「うん、ホントそう思う。」という答えが返ってきました。

 

 

一方、昨日は高校3年生の長女の保護者会。

受験の話がメインでした。

 

高校受験で地獄を見た私たち親子。

大きな傷を抱えて、たった一人ぼっちで入学した長女。

絶望、悲しみ、不安、寂しさに耐え

多くの友達と出会い、先生に救われ

実は今これまでの学生生活で1番充実しているように思います。

苦しみを乗り越え「楽しむ」ことをたくさん学びました。

 

先月末に部活動を引退しました。

中学高校と皆勤賞の長女は、部活動もサボりませんが補欠でした。

努力してもバレーボールで身長153センチでは難しかったようです。

最後の試合は仲間を応援するポジションでした。

私は応援する娘の最期の試合を観に行きました。

 

 

保護者会の帰り道、

「なんか大学受験楽しみになってきた!受験は全員レギュラーだからね。」と私。

「それ名言だね」と長女。

部活動で試合に出られなかったからこそ、彼女にとっては試合に出られることは有難いことです。

 

我が家では地獄の受験生活が2年続きますが、楽しみです。

どんな道に進んだとしても。

2人の娘の「今」がそう思わせてくれています。

 

f:id:zibundaigaku:20180511092512j:plain

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じぶん大学個人セッション体験談

f:id:zibundaigaku:20180423100126j:plain

 

 

じぶん大学とコーチングの違いは何かと言えば、1つは全体と部分という点にあります。(色々あります)

 

コーチングはあるテーマにおいての目標(ゴール)達成をサポートするものです。樹に例えると、枝の左側を伸ばしたいとか、枝をもっと太くしたい。葉っぱの量を増やしたいととか、葉の色を変えたいなど。

 

対してじぶん大学は、自分の葉で土壌を改良し、柔らかくなった土壌に深く広く根を張ることで、樹全体に影響していくものです。より大きく伸びたい時にそれを支える自己基盤を作り上げていくものです。

 

今回はじぶん大学の個人セッションの体験談です。

 

 

 

40代 女性 美容師

 

 白木さんとの最初の出会いは勤務先のお店でした。女性オーナーが既にセッションを受けていて勧められていました。

 

 お客さんとして出会った白木さんは、ちょっと変わったお客さんという感じ。もっと知りたいと興味がありました。自分の本音を言わない、清潔で凛としたイメージ。特別な人だと思っていました。

 

 

 だから最初のセッションはとても緊張しました。でもセッション時はまるで別人!着飾らず、ナチュラルで、すごく普通の人でした(笑)セッションは堅苦しくなく、ウェルカムでした。私なんかでも来ていいんだ!と安心しました。

 

  どうして安心したかというと、私には考え方の癖に「私なんか」という思いがあったからです。あの頃の私は自分を取り繕うのに必死でした。こういう風にしたら人に評価されるだろうという自分を演じていたので、いつも疲れ切っていました。もちろん、仕事では今でもそうする時があります。

 

 でも今では良い自分だけを見せようとするのではなく、本音で素直に、鎧が取れた自分で居られるようになったので楽です。

 

  今でも優秀な人の前では緊張しますけど、自分はこれでいいんだと思っています。その人に合わせる必要はない。今の私はまだ自分の描くゴールではないけれど、今の自分を肯定していられます。

 

 

 

 しかしセッションを続けていくうちに、色々な人から認められるようになりました。

 

 あるお客様のヘッドスパをさせて頂いた時には、凄く驚かれました。とても敏感な体質の方だったようで、私の「施術」と「気づいておかけした言葉」がとても深く響いたようです。どうやってこの技術を身につけたのかを聞かれました。そんなにヘッドスパのことを勉強したわけではないので、「白木さんのセッションを受けたからではないか」とお答えしました。

セッションを受ける以前、私はシャンプーが上手く出来ずお客様に叱られて泣いたこともあったんです。

 

  これまでの人生で私はいつも色々なものから逃げてきました。それをもうやめたいと思っていました。そして白木さんに捕まった(笑) 捕まえてくれる人がいないと、逃げちゃいますから。

 

白木さんはアメとムチで関わってくれます。とても深く。広いと言うより深い人。私の表面上のことは全く見てません!深いところで私を見てくれるから嬉しい。恥ずかしいし、嫌だけど嬉しい。仲の良い友だちでもそこまで深くは出せません。自分しか知らない自分、自分も知らない自分に気づいてくれていて、どこまでも私を知ろうとしてくれます。

  

 私は子育て中でフルタイムで働いていないので、そんなにお金に余裕があるわけではありません。だけど白木さんのセッションを続けられた、それが自分でもすごいと思えます。

 

 白木さんのセッションは仕事もプライベートも人生全般に影響があるから私には価値がありました。苦手だったママ友などの人間関係、家族の問題、仕事の人間関係、仕事の成長、逃げてきたものに挑戦すること、すべてに影響しているから続けられたのだと思います。

 

 現在、私は目標に向かって挑戦しています。以前一度、手放してしまった目標です。あの頃と、カタチは同じですが、ずっと質の高いものを目指しています。セッションで自分自身と向き合い、心のたくましさが備わったからこそ、必ず出来るだろうと思っています。